「台湾」を語るプロローグ
Date Issued
2008-08-21
Date
2008-08-21
Author(s)
Tokura Tsunenobu
Abstract
本稿は八十九年以降、溝口雄三氏と子安宣邦氏との間で相対的に解釈され、学際的に思考の契機を与え続けている「方法」について、それを見事に「実体」に対峙するカテゴリーにまで仕上げられた後者の、即ち子安氏が繰り返し述べられている「方法」を筆者なりに再構成するべく、その理念型を「台湾」で発生したある史劇に用い
た試論である。したがって、現在の歴史学にありがちのファクティズム的要求からすれば、これから述べようと思う内容は、勿論事実を追い求めた知識の集成ではなく、またこれまで知られていない新事実を公表したり、筆者自身が既定事実を予見しながら学者の関心事に答えようとするものでもない。竹内好の言葉を一部借用してその性格を述べておくと、予め既定された史的存在を主体的に巻き返してゆくために、これまで無批判に歴史的存在に向き合ってきた思考の所与をどう転換させるべきか、その条件について考えようというのである。だから、本稿の内容は史的状況の一側面を捉えただけにすぎない内容だと批判されるかもしれない。しかし裏を返せば、狭隘な学会内の誰もが納得するよう形式的に修正を重ねた制限なき理論への迎合こそ、危惧しなくてはならない全体主義的思考原理なのであって、そういう意味に於いて、他の視点から本論への批判が起こるのであれば、それは筆者の本望とするところである。なお本稿の形成には、台湾史研究会(関西大学文学部内)に従事される御歴々が貴重な「学問的」意見を呈された。このプロセスに対し、ここで改めて敬意を表しておきたい。
Type
report
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Name
080902_tokura_fulltext.pdf
Size
210.18 KB
Format
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Checksum
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